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ここ半月ほど、お仕事で両国にあるシアターX(カイ)という劇場に行っている。この劇場に関して、かねてより一つの疑問があった。それは、なんで「シアターX」って名前なのか、ということである。
ちょっと時間があいたので、劇場主のウエダさんに尋ねてみた。 ウエダさんによると「〈X〉というのはクロスするというイメージもありますが、未知数の〈X〉というイメージでもあります」という、至極まっとうなお答え。てっきり両国という特異な場所性と関連があるのかと思っていただけに、ちょっと残念。 シアターXを内包する両国シティコアという施設はバブル時代に建てられた。 古くは、現在も両国シティコアの隣にある寺、回向院の境内で、この回向院という寺は、江戸中の無縁仏が集められていた。その境内で始まったのが勧進相撲であり、それが現在の大相撲へと発展している。 力士が四股を踏む動作は大地を踏みかためる動作でもあり、一種の呪術的な動作ともいえる。それは両国という場所が、江戸と下総の境界だったということだけでなく、あの世とこの世の境界だったということを示している。かつて蔵前に国技館があった時、あの世とこの世の境目という不安定な場所を踏みかためる役割を果たす大相撲が両国に戻ることは、相撲協会の悲願であった。 旧両国国技館は、まさに現在のシアターXの場所にあった。現在も劇場入口前の中庭には、旧国技館の土俵の位置を示すサークルがある。 この旧両国国技館は火事で全焼したのち、戦中には軍に接収された。ここでかの有名な「ふ号作戦」つまり、風船爆弾の製造が行われた。爆弾の試験には、天井の高い屋内施設が必要だったのだ。戦後は進駐軍によって管理され、メモリアルホールとその名を変えて興行施設となる。これを日本大学が買い取り「日大講堂」と名づけた。日大講堂は格闘技の聖地となる。一般に街頭テレビで日本中を湧かせた力道山、豊登、シャーク兄弟からフリッツ・フォン・エリック、ブルーノ・サンマルチノ、ジャイアント馬場らの活躍した場所はこの日大講堂だったし、ガッツ石松が世界チャンピオンになったのもここである(つまり「ガッツポーズ」はここで生まれた)。とにかくものすごく由緒がある場所なのである。 古くは、あの世とこの世の交差点、そして大相撲、プロレス、ボクシングと、格闘技の聖地でもあった両国回向院境内にある劇場が、偶然だったとはいえ、「シアターX」と名づけられていることにはなにか不思議な因果を感じてしまうのだ。
by enikaita
| 2006-03-28 12:06
| コラム
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