「日報」を名乗りながら、更新はときどき。
by enikaita
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シアターアーツ41(09年冬)『ろじ式』テクスト掲載号
f0072231_132875.jpg編集のお手伝いや、表紙・本文のデザイン・レイアウトをした本を連続でご紹介してます。
三冊目は発行=国際演劇評論家協会日本センター「シアターアーツ41号(09年冬)」(晩成書房)。

今号の注目記事は、新国立劇場の芸術監督・鵜山仁さんへのインタビュー(聞き手は山口宏子さん)。人事をめぐってマスコミなどでも取り上げられ、結局一期限りで退任することが決まっている鵜山さんに、根掘り葉掘りいろんなことを聞き出しました。

もう一つの注目は、フェスティバル・トーキョーでも上演された維新派の『ろじ式』のテクスト(部分)。台本が楽譜のようになっていて、普通の芝居のつくり方とはかなり違うことが推察されます。演出家の松本雄吉さんのインタビューも併載。作品理解の助けになれば幸いです。
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by enikaita | 2009-12-30 23:59 | 舞台芸術
コロノス芸術叢書「アートポリティクス」
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編集のお手伝いや、表紙・本文のデザイン・レイアウトをした本を連続でご紹介します。
二冊目は編集・発行=コロノス芸術叢書編集委員会「アートポリティクス」(論創社)。

演劇評論家の鴻英良さんを中心に、いろんな方が編集メンバーに名をつらねてらっしゃいます。カバーのキノコ雲のイラストは、いちむらみさこさん。

ルワンダで起こった虐殺の証言をオペラにした、ベルギーのドルシー・ルガンバさんのインタビュー。
世界中いろんな都市の道端で、いきだおれ人間にしか見えない人形を放置するという「ピロクテーテス・プロジェクト」のドキュメント。
ホームレスの支援活動をよりラディカルに展開するために、自身もテント生活をしているという美術家さん。
……などなど、癒しのためのアートではなく、現実に介入してくるアートが紹介されてます。
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by enikaita | 2009-12-29 23:59 | アート
八〇年代・小劇場演劇の展開(演出家の仕事3)
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編集のお手伝いや、表紙・本文のデザイン・レイアウトをした本を連続でご紹介します。
一冊目は日本演出者協会+西堂行人編「八〇年代・小劇場演劇の展開」(れんが書房新社)。

八〇年代にブームになった小劇場演劇について、「演出家」を切り口に、さまざまな人が語っている本です。

演劇が「ブーム」だったなんて、今から思えば本当に信じがたい。「80年代小劇場」には、そういう華やかなイメージがつきまとっていて、60年代・70年代の演劇とは断絶があるのかなと思いきや、いやいやそんなことはない。モジモジひきずってたり、意識するあまり、なるべく無視したり……。先行世代の仕事って、やっぱり気になりますからねえ。
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by enikaita | 2009-12-28 23:59 | 舞台芸術
7ストーリーズ
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『7ストーリーズ』というお芝居のチラシをつくりました。
カナダのお芝居です。台本を読みましたが、これがとってもおもしろい!
自殺志願の男が、赤の他人たちに自殺を邪魔されることによって、最後にはメリー・ポピンズになってしまうという、そういう芝居です。これじゃあわかんないですね。

日時=3月25日(木)〜31日(水) 
場所=青年座劇場
作=モーリス・パニッチ、訳=吉原豊司、演出=小林七緒


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by enikaita | 2009-12-16 22:07 | 舞台芸術
エロを考える一日
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昼は西巣鴨へ。タニノクロウ演出の『太陽と下着の見える町』を見に行く。とある精神病院あるいはサナトリウムのような場所を舞台に、なんらかの精神疾患に罹っていると思われる人たちを断片的に描きつつ、その傍らで下着愛好者による「いかにしてパンティは、社会的に隠すべきものとされるようになり、そして欲情の対象となったか」の歴史的経緯が語られるという趣向。
最後に現物のミニクーパーが出てきたのにはけっこう驚いた。

でもって、夜の部は西荻に戻り、西荻ブックマークでわが心の師匠・都築響一氏のトークショー「旅と演歌とデザインと」を聞く。都築氏が最近出した本の話や、スナック・演歌あたりの話が中心になるのかなと思いきや、後半はなんと、SOD(ソフトオンデマンド)のぶっ飛びエロビデオを、海外のアーティストの全裸イベントやクールベの名画などと対比させつつ紹介。「全裸で避難訓練」や「全裸オーケストラ」「全裸引っ越し」など、すべてがハダカで行われているのにもかかわらず、もはや「ビデオ本来の目的」から遠のいている膨大な作品群に驚く。
東尋坊から35000回以上飛び降りている男の話も興味深かった。都築氏の、あらゆる無名のものへのおしみなき愛情に圧倒された。

現代の男がパンティという「単なる布きれ」に欲情しているということが解説された舞台のあとで、恥じらいなく堂々と全裸をさらけ出す女たちのビデオを見たわけで、なんだか頭の中がごちゃごちゃしている。どっちがラジカルかということならば、そりゃあパンチラより全裸500人のほうがずっとラジカルなんだけど、どっちがエロかと言えば、恥じらいなきハダカよりも、スカートに隠されたパンティのほうなのである。不思議といえば不思議だが、そういうもんだよねえという、人間の欲望の根源を知った気がした一日だった。

写真は神田にある神社にいたタヌキ。
Nikon FM Ai35mm F1.4S Kodak PORTRA 400NC
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by enikaita | 2009-12-13 23:59 | 舞台芸術
大根役者。
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「○○とはなにか」という大仰なことを考える時は、それを構成するさまざまな要素に分けて、なくてもいいやというものは捨てていく、という作業をする。そうすると、必要不可欠なものが最後に残るわけである。つまりその残りが「○○とはなにか」の答えにもなる。
たとえば演劇だったら、「劇場」「観客」「台本」などなど、さまざまなものが構成要素として出てくるわけなんだけど、いろいろと検討しつつ捨てていった時、演劇に必要なものとして最後に残るのは「役者」であるということがわかる。

で、さて話は変わって、大根のおでんがおいしい季節になりました。
つまりわたしは、「おでん」で同様のことをやってみたわけです。「おでん」とはなにか。そうして得られた結論として、おでんとはつまり、「大根」であるとわたしは考えているわけですが、みなさんの見解はどうでしょう。そこに蒟蒻と薩摩揚げが加われば、「おでん」としてはもう完璧。わたしはこの3品を「おでん三要素」と勝手に名付け、日本中の人もおそらくこれに賛同するだろうと勝手に思っています。しかしこれを言うとなぜか必ず反発にあう。
まず家人が、「おでんにはジャガイモとタマゴがマスト」だと譲らないのを筆頭に、ちくわ、牛すじ、バクダンなどなど、おでんの趣味は人それぞれ。この世にはあの「ちくわぶ」好きの人もいると聞く。

大根にある酵素が消化を助けることが昔からすでに知られていて、へたくそな役者を意味する「大根役者」という言葉も、「ぜったいにアタらない役者」というところから発生したことは有名な話だが、舞台上にいるのがスターばかりだったら胃もたれするのまた真実。大根はアンサンブルのカナメであり、大根がなければ、ゴボウ巻きやちくわも、その輝きを減じるのである

写真は隣の畑からのいただきもの。正真正銘の杉並区産の大根である。もちろんおでんにした。でかくてうまかった。

Rolleiflex 3.5F FUJIFILM PRO400
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by enikaita | 2009-12-10 23:55 | カメラ・写真
チャルメラそば屋
リミニ・プロトコルの『Cargo Tokyo Yokohama』をすでにご覧になった方ならば、ご理解いただけるのではないかと思うが、ムショーに美空ひばりの「港町十三番地」が聞きたくなった。図書館で手にした美空ひばりのベスト版は各3枚組のvol.1〜3で全9枚。150曲入っているという大ボリュームだ。さっそく全部借りる。

それにしても美空ひばりって、歌がうまいな〜……って、気づくのが50年遅かった。私がリアルタイムで知るヒット曲は、せいぜい「愛燦々」あたりだから、初期の美空ひばりの曲は今回初めて聴いたものばかり。サンバやチャチャチャなど、チャレンジングな曲が多く、しかもそれを華麗に歌いこなすお嬢。なかでも、中華そばの屋台を曳いて東京中をまわる「チャルメラ娘」のことを歌った、昭和28年の「チャルメラそば屋」という曲は、笠置シヅ子の「めんどりブルース」(*女の悲哀をめんどりに託したブルース)を聴いて以来の衝撃であった。

「チャルメラそば屋」はタイトルとうらはらに、本格的なカントリーである。聴いていると、東京の街から街へ行くチャルメラ娘の屋台が、脳内でモニュメントバレーを行く馬車のビジュアルに変換される。若い娘が単身で中華そばの屋台業というのも、当時ならともかく、今はぜったいありえないですよねえ。こんなに大変な状況でも、チャルメラ娘には希望しかない、というのがいい。カントリーの明るい曲想もさることながら、そういう時代だったのだろう。この曲は進駐軍のアメリカ人が日本でつくったもので、3番の歌詞は英語。ひばりは英語もうまいなあ。
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by enikaita | 2009-12-05 02:07 | 出来事
伊藤高志回顧展
f0072231_11556100.jpg映像作家・伊藤高志の作品をまとめて上映中。
演劇やダンスの世界では、ときどきコラボレーターとして名前が出てくるので、その名は聞いたことがあったのだけれど、実際にどんな作品をつくってる人かは知らなかった。

冒頭に上映された処女作にして代表作、『SPACY』(81年)が強烈。
左はチラシでその作品の映像がもとになっている。体育館のような場所に写真が数枚掲げられている。映像が次から次へとジェットコースターのように写真の中に入っていくと、そこは同じ体育館。同じ場面が繰り返され、どんどん加速していく。
映像には、映される対象物があるわけだが、『SPACY』ではその対象物が、今見ている映像自体であるということの拠り所のなさに起因するのだろうか、ともかく、えもいわれぬ恐怖感が襲ってくる。風邪をひいたときに見る悪夢のようだ。
見終わってから数時間経つが、網膜に『SPACY』の映像がこびりついたまま、なかなか日常生活に戻れない。

池袋のサンシャイン60をぐりぐりと回転させる『悪魔の回路図』も衝撃的であった。サンシャイン60を360°同じ距離から一コマずつ撮影し、それをアニメにするという作業。地味な作業の蓄積で巨大なビルをも動かしてしまう。当初は富士山でやるつもりだったそうだ。ぐりぐり廻る富士山も見てみたいな〜。

映像の手法自体はきわめてアナログであり、背後にあったであろう膨大な労力が映像からにじみ出てくる。デジタル処理全盛の現代、ハリウッド映画なんかでは、ともかく「リアル」であることに膨大なエネルギーが費やされるわけだが、そういうのとは全然違うエネルギーの使い方。一般的には見る者の生理に訴えたいがために、映像のリアルさが追求されるのだろうけど、伊藤高志の映像はもっと直球で見る者の生理に触れてくるのである。

伊藤高志回顧展
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by enikaita | 2009-12-01 01:15 | 映画


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