「日報」を名乗りながら、更新はときどき。
by enikaita
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スーパーの女
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黒澤明の『酔いどれ天使』を借りたついでに、「同時上映」といたしまして、西荻のRENTAL-SHIPで借りたのが伊丹十三監督の『スーパーの女』。たいていいつも、2本借りることにしてます。

『スーパーの女』は、普段はわからないスーパーの裏側を描く。落ち目のスーパーマーケット「正直屋」に主婦目線の助っ人アドバイザー(宮本信子)があらわれ、精肉部の職人で食肉偽装のプロ(六平直政)や、鮮魚部の頑固職人(高橋長英)らをとっちめつつ、ラベル張り替えや、賞味期限切れ商品の扱いなどを改善して、健全なスーパーにしていく、というお話。約10年前の大ヒット映画である。

それにしても、なんで、10年前にこんな大ヒット映画があったのにもかかわらず、いまさら「あんな事件」や「こんな事件」が発覚してるんだろう、と見終わった後に首をかしげつつ、伊丹十三の嗅覚の鋭さに驚く。「あんな事件」や「こんな事件」というのは言うまでもなく、ミートホープに代表される「創意工夫」という名の食肉偽装やら、野菜の生産地偽装、混ざり米、はたまた赤福の消費期限ラベル張り替え等々、ここ数年ようやく糾弾されはじめた食品に関する各種事件のこと。

これ、ほとんどが『スーパーの女』に出てきますよ! 伊丹十三が早すぎたのか、それとも世間が遅すぎるのか。ともかく、ようやく時代が伊丹十三に追いついてきた、ということだけは間違いない。
あるいはおそらく当時はこの映画を、「エンターテインメントな娯楽映画」としてしか認識してなかったのかも。デコトラのカーチェイスなんて破天荒でエンターテインメントですからねえ。でも今見たら、これはタダの娯楽映画ではないことは明白。

ビデオ屋の隅っこで日焼けした背表紙をさらしながら、ほとんど消費されつくしたかのように時を過ごしていた映画が、10年の雌伏の時間を経て、今を鮮やかに照らしだす。あの世の伊丹十三が、頬杖をつきながらこの時代をながめ、「ほらネ、言ったとおりでしょ」と笑っている姿が目に浮かぶ。
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by enikaita | 2008-11-28 01:38 | 映画
トロールの森2008
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善福寺公園で催されている野外アートイベント、「トロールの森2008」。
上池の周辺にいろんなインスタレーションが点在し、ちょっといつもの公園とは違った感じ、異世界に彷徨い込んだような感覚になる。
池をめぐりつつ、公園周辺の不思議なインスタレーションを見てると、大昔にハマったアドベンチャー・ゲーム「MYST」のことを思い出した。「MYST島」に点在する不思議な造形のオブジェクトをめぐりながら、気がついたらナゾを解いている、というゲーム。でも善福寺公園版「MYST」にはナゾはなさそうです。

そんな私の「MYST」な気分を盛り上げたのが、入り口近くにあった「Spin a Yarn」という作品(上写真)。林の中に設えられた小屋。裏側に入り口があって、中にはテーブルと椅子。テーブルの上にぐるぐる糸巻きに結ばれた本。その小さな本は、今この本を手にとっている「私」についての小説。
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いつも通りのはずの善福寺公園も、小屋の窓から眺めたら、なにやら違った雰囲気になるのが不思議である。見る人が作品自体の中に入ること、文章量がヤケに多いことなど、ちょっとイリヤ・カバコフっぽいところも、私の好みなのかもしれない。

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さて、アートというのは人間がつくるという性質上、当然ながら「人工物」になるわけで、それゆえ自然の中のアート作品は、自然と対立してしまう運命にある。だからといって「自然」を意識し、寄り添いすぎても、あるいは徹底抗戦を試みても、アートは自然にはゼッタイにかなわない。
でも、善福寺公園のような都市公園の自然は、実際のところ人の手によって支えられているのだ。公園にはたくさんの人工物が点在しているわけで、そこに大自然と違ったアートの入り込めるスキマがある。そのことに気づかされたのが次の作品。

公園の中の人工物をきっちり利用したのが「青空アパート」。休憩所とその囲いに、巨大インコのぬいぐるみがいくつも括りつけてあって、かなりキモチワルイ。巨大インコの顔がのっぺらぼうだからかな?
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それにしてもこの屋根状構築物、これまで見て見ぬふりをしていたことに気づく。この形じゃ雨よけにはならないよね。藤棚でもあるまいし。何のためのものなんだろう? 意味がありそでなさそう。もしかして「トマソン」系オブジェ?……そしてこの巨大インコがくくりつけられた瞬間に、作品台座として「意味あるもの」に生まれ変わった……あるいはもともと「作品台座」として設えられたこの構築物は、自らの役割を全うするこの日を、何十年も待ち続けていたのかもしれません。……などと、アートはおかしな妄想を誘発します。

まだまだ他にもあるんだけど特に気になった2作を紹介。展示は11月23日まで。
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Nikon D40+Sigma 18-50mm F2.8 MACRO HSM
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by enikaita | 2008-11-22 23:43 | アート
酔いどれ天使
黒澤明の映画『酔いどれ天使』を観た。
なんでこの映画を観たのかというと、知り合いの演劇評論家で、最近は「江森盛夫の演劇袋」(エキサイトリンク参照)というブログを始めた、1930年代生まれの江森盛夫さんが、子役で出演しているというのを小耳に挟んだからだ。
江森さんはずっと、雑誌「噂の真相」に劇評記事を書いてた人でして、小さい頃は日本近代演劇のメッカ「築地小劇場」の舞台に立った経験もある。そんなコロボックルのような江森さんの子役時代を黒澤映画で観られるってんだから……って、知らない人には全然関係ない話題ですいません。

上石神井のツタヤに行ってみたら、8月閉店だって? 全然気づかなかったよ。仕方ないので西荻に戻り、ついにレンタルビデオの殿堂「レンタル・シップ」さんの会員に。DVDではなくVHSを借りたのも久しぶり。「レンタル・シップ」の会員証を手に、これでようやく本格的な「西荻びと」になったような気分。それにしてもレンタル・シップ、店の奥が深くなってるのね。全然気づかなかったよ。

さて、戦後すぐの闇市のような風景を舞台に、結核を患ったやくざ(三船敏郎)と、飲んだくれで怒りっぽいが実は情に厚い貧乏医者(志村喬)の交流を軸に、なんやかんやあって……と、いまさらこの名画についての説明は省く。医者の「日本人というのはすぐ死にたがる、自分が犠牲になりたがるからイカン」みたいなセリフで、この映画のテーマみたいなもんがすごく明快に提示される。公開は1948年、「とにかく生きろ」の精神が、ホントに身に沁みる世相だったのだろう。
で、メインのストーリーと全く関係なく、「ジャングル・ブギ」を歌う笠置シヅ子が挿入される。これがものすごいインパクト。こういうぶっとんだ場面をつっこむ、さすがは世界のクロサワ。

最初の方の場面、泥水の中で遊んでる子供たちが出てくる。医者がそこに駆け寄り「こんなキタナイ水を飲んだらイカンぞ!」と子供を叱ることで、医者の人柄をオーディエンスに了解させるという場面なんだけど、そこで叱られ、「テヘッ」と笑顔になるのがおそらく江森さんだろう。

もうビデオカメラが普及してからだいぶ経ってますから、子供の頃の映像が残ってる人も多いんでしょうけど、私なんか皆無ですよ〜。なのに1930年代生まれの江森さんにはそれがあって、しかも撮ったのが世界のクロサワですか! 軽い嫉妬を覚えた秋の夜長でした。
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by enikaita | 2008-11-20 22:10 | 映画
禁断の果実
f0072231_1131026.jpgアスファルトや屋根を叩きつけるような豪雨が降ると、雨樋に水がごうごうと流れ込んで、地面にジャポジャポと、はき出されてるのを目にするんだけど、まるで体がその雨樋になったような気分。
つまり、飲んだ水が大腸でちっとも吸収されないままにジャポジャポとですね……キタナイ話ですが、季節の変わり目なんでしょうか、ガラにもなく風邪をひきまして約24時間は雨樋状態、38・5度以上の熱が出たのも久しぶりのこと。

で、吐き気もあるから食べ物も体が受け付けない。ふとつけたテレビの画面に大写しになったのが豚骨ラーメンにカレー鍋。いつもなら、かなり好きな部類に入るはずの「こってり」系食べ物が、ホントにもう見るのもイヤ。見たらば脳が勝手に味やにおいを想像してしまうことに耐えられない。人間、変われば変わるものですわ。

で、なにか食べられるものは? リンゴはどうよ? という家人の言葉に促されたので、脳は勝手にリンゴの味やにおいを生成する。……おっ、リンゴはもしかしたら平気なんでないかい? 目の前に出されたリンゴは、いつもより小さく切り分けられていて、食べやすい。ムムム、リンゴうまいなあ。ほとんどの食べ物を受け付けないような体調であっても、リンゴの誘惑にはかなわない。いつもより多く噛みくだく。さすが禁断の果実、人間にパラダイスを捨てさせただけの魅力がありますね。

さて、ストッパやら、カコナールやら、はたまたリンゴか、何が効いたのかわかりませんが、大雨の日の雨樋状態からは一段落、おかげさまでもう熱も下がりました。

気温がどんどん下がってますね。秋深くなると色づいた枯葉がはらはらと落ちて、雨樋に溜まります。で、なかなか水が流れにくくなる。ジャポジャポの反動からか、今はあんな感じです。なんだか体が重い。これまたキタナイ話ですいません。
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by enikaita | 2008-11-13 11:12 | 出来事
トトロの樹。
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誰が名付けたか、西荻のシンボル・通称「トトロの樹」。
伐ってマンションに、という話もあったそうだけど先日、保存が決まった大ケヤキ。

この木がもし仮に、「西荻北の大ケヤキ」ってなくらいの低インパクトな名前だったら、はたしてホントに生き残ることができたんだろうか。
こんもりと空に向かって枝を広げている実物を見上げたならば、これを伐るなんてもったいない、と誰しも思うだろう。名前なんて関係ないよ、とは思うけど、名前がなじみやすかったからこそ、いろいろとコトが動いていったにちがいない。

でもトトロの樹は「トトロの樹」と名付けられる前から、もちろん映画「となりのトトロ」公開より前から、そしてもちろん、宮崎駿が生まれるより前からずっとここに生えてたわけで、きっとずっと先の未来にも、その時代それぞれに合った別の名前を与えられて、生き続けるんだろう。

写真はおよそ50年前のトトロの樹……ではなく、およそ50年前に製造されたカメラ(いつものペトリハーフ)で撮ったごく最近のトトロの樹。50年前のカメラで撮ると50年前っぽく写るのだ、と発見。

Petri Half 28mm f2.8/ NEOPAN1600 Super PRESTO / EPSON PM A-920(スキャン)
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by enikaita | 2008-11-07 19:37 | カメラ・写真
その土曜日、7時58分
f0072231_11573238.jpg名画の誉れ高い『12人の怒れる男たち』の監督であるシドニー・ルメットと、『カポーティ』でほとんど狂気ともいえる演技を見せつけたフィリップ・シーモア・ホフマン。俳優の力を存分に出させる演劇的手法で撮影に臨む名監督と、極限までリアルな造形をを追求してきた怪優。それぞれ濃度の高い作品をつくりだしてきたことで共通している両者がタッグを組んだ映画が、『その土曜日、7時58分』。地味な扱いの映画なんだけど、この組み合わせで面白くならないわけがない。
原題は『BEFORE THE DEVIL KNOWS YOU'RE DEAD(おまえが死んだと悪魔が知る前に)』。

場所はニューヨーク。麻薬に溺れて会社の金を使い込んだアンディ(フィリップ・シーモア・ホフマン)。税務署の査察で事態がバレることをおそれたアンディは、弟のハンク(イーサン・ホーク)を使って自分たちの実家である宝石店を強盗しようと決意。年老いた父と母が経営する宝石店は保険にも入ってるし、実害はないよと言いくるめつつ、実行自体は弟まかせ。弟は自信のなさから、街のチンピラに実行を依頼。自分の保身のことしか考えられない兄と、卑屈きわまる負け犬の弟の浅はかな行為は、すぐに大きな代償となって返ってくる。

兄・弟・父の三人の時間を行きつ戻りつ、ぐいぐいと加速しながら追いつめられていく兄弟たち。一見するとサスペンスの様相。しかしただのサスペンスではない。ここには「母殺し」や、兄弟での「寝取り・寝取られ」、関係者はジャンジャン殺され、はたまた「息子殺し」まで、ほとんどシェイクスピアかギリシア悲劇か、と言わんばかりの古典的モチーフが散らばっている。濃度の高い演技はもちろんだが、そういった古典的題材もこの映画の求心力となって、観る者を引きつける。
古典悲劇的モチーフが散らばりながら、観客にはカタルシス(浄化作用)がない。そういう意味での感動は、この映画には一切ない。カタルシスの発生条件とも言える「主人公への感情移入」がまったくないからだ。主人公のアンディは自分のことしか考られない醜く太った中年で、しかもドラッグ中毒。スゲーイヤな奴。そりゃ感情移入できませんわな。ルメットは観客の感情移入拒否には、おそらくかなり意識的で、それはたとえば、きわめて強烈なファーストシーンにも象徴される。醜い巨体を揺らしたフィリップ・シーモア・ホフマン渾身の演技は必見(笑)、あれは監督的にはゼッタイにはずせない場面なのだろう。
一方で強烈な兄を持った卑屈な弟、ハンクも腹立たしい。ニヤニヤと笑いながら、兄の理不尽な要求をのみ、犯行に使ったレンタカーにはCDを忘れるし、悪党に弱みを握られ脅されるし、娘には「LOSER」 とののしられるダメ親父。正直やってられない。
そして二人の父・チャールズ(アルバート・フィニー)。妻の死の真相を知ろうと奔走するチャールズは、バカ真面目な善人だが、最後の最後になってきわめて周到な殺人者に変貌する。この子供にしてこの親あり、二人の息子とはカードの裏と表のような関係になっている。

でも感情移入できないからといって、共感できないわけじゃない、というのがスゴイところ。それぞれの演技のディティールから溢れてくるのは、「うわっ、こんな人って実際にいるよね〜」、という他者への嫌悪感ならまだしも、「うわっ、もしかしたらこれは、オレなんじゃないか」、という自分自身への嫌悪感である。単純な感情移入を拒否しつつ、観客は映画を観ながら刃を研いで、その刃先を自分自身につきつけるのだ。

観終わったあとは、グッタリとして家路につくこと必定。今年一番のオソロシイ映画である。

公式サイト『その土曜日、7時58分』
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by enikaita | 2008-11-06 12:14 | 映画
ペトリハーフの速写ケース
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すっかり愛用のペトリハーフ。VCメーターという露出計まで入手し、さらには革製速写ケースまでつくってしまった。

この速写ケースは、カメラバカの巣窟、新宿の「中古カメラBOX」という店を仲介にしてつくってもらった。うす暗い地下の店内にクラシックなカメラがびっしり。行くとたいてい、店の常連さんと店主がカメラ談議に熱中していて、とてもじゃないけど立ち入れないし、正直、立ち入りたくもない雰囲気。こそこそと見て回り、そっと逃げ去るのが常だったんだけど、ある日、店内に飾られた「OLYMPUS PEN F」用の革製速写ケースを手に取った時に店主が、「ほかのもつくれるよ」と話しかけてきた。

常連さんの一人がカメラケースを趣味でつくっていて、人気カメラのケースを売っているのだという。そしてマイナーなカメラのケースについてはオーダーメイドも可。ペトリハーフには吊り金具がなく、首から提げられない。トリガー巻き上げは速写がウリなのに、いちいちバッグから取り出すのがメンドクサイ、と思っていたので、速写ケースがどこかにないかな〜と探していたのだ。もちろんペトリハーフに純正の速写ケースは存在しない。
こりゃお願いするしかないでしょ。値段は思ってたよりずっと安くてビックリ。おそらく材料費+アルファくらいの値段である。

2週間くらい待って、できたよとの知らせがあり、取りに行く。内側はペトリハーフの象徴・グリーン窓に倣って、グリーンにしてもらった。さっそく1600のモノクロフィルムをぶち込んでみる。出来上がったのが下の写真。速写ケースが必要な写真とも思えないが……。

35mmフィルムが読めるフラットベッドスキャナは、解像度を上げても解像感がない。あくまで簡易的なものだ。でも開き直って1600のフィルム、しかもハーフサイズを使ってみたら、フィルムの質感が出てきた。ほかのフィルムも試してみようっと。

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Petri Half 28mm f2.8/ NEOPAN 1600 Super PRESTO / EPSON PM A-920(スキャン)
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by enikaita | 2008-11-02 20:51 | カメラ・写真


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