「日報」を名乗りながら、更新はときどき。
by enikaita
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ナビの神様
「自動車免許取得記念」の初ドライブということで、茨城県の牛久大仏まで行ってきた。近所の日産レンタカーでナビ付きの軽「オッティ」を12時間借り、環7から水戸街道に入りつくば方面へ。初めての道だったが、私は小学生以来の「地図マニア」であり、「ナビ」なんていう「最新兵器」は使わずとも問題ないわい、とタカをくくっていたが、実際走ってみると運転にせいいっぱいで地図を見る余裕は全くない。「オッティ」はコラムATと足踏み式のハンド?ブレーキを採用。「教習車とちがう!」なんてあたふたしてしまうし、同乗者は体調が悪いらしく地図を見るのがしんどいらしい。さっそくナビゲーションシステムを使用してみることにした。

しばしの試行錯誤の末、牛久大仏までのルートが確定。女性の声で「この先700メートル、左方向です」…ん、水戸街道を右に行くのでは?と思っていたが、現場は立体交差になっており、一旦左に行かないと右折できないのだった。さっそく助けられてしまう。なるほどー、ナビ様の言うとおりに進めば牛久大仏まで迷わず辿り着くことができるらしい(あたりまえである)。

ふと諸星大二郎『孔子暗黒伝』にでてきた「指南車」を思い出す。「指南車」は古代中国の道具で、車のまんなかにロールスロイスやジャガーのエンブレムのごとく人形が立っていて、車の向きを変えてもその人形が常に南方を示し続ける。伝説の人物・黄帝が霧の中でこれを使い、戦争に勝利したという話も残るが、実際は皇帝の隊列の先頭で曳かれるマジカルな装置らしい。古代中国では既に磁力の特性が知られていたが、指南車は歯車をつかった機械式だったという。隊列の先頭に立ち、南面すべき天子を導く不思議な道具は、皇帝の呪術的な力を象徴するものであると同時に、神そのものでもあっただろう。「指南車」は世界最初のナビゲーションシステムである。

指南車についている人形は仙人のおっさんだったが、現代の「指南車」はその声から察するに「女神」であるらしい。「10キロ先、右方向です」ずいぶん先のことまで教えてくれる。私は敬愛を込めて「ナビ様」と呼ぶことにした。ナビ様の声に従って行けば、必ず現代の妖しげな聖地、牛久大仏まで辿り着けるのである。ナビ様の指示はすこし遠回りをしているような気がしないでもないが、御託宣を疑ってはいけない。信仰は盲目である。ちなみに「ナビ」の語源はヘブライ語の「預言者(ナーヴィ)」らしい。神の声を聞き、それを伝える者なのか。うーむ、深い。

なんとか目的地の牛久大仏に到着。大仏見物も終わり今度は自宅方面へ。まだ時間があるので自宅近くの超大型ショッピングモールに行くことにした。車でないと行けないような微妙な距離だったのだ。ナビ様に行き先を登録し、当然その指示に従う。「1キロ先、渋滞です」彼女にはすべてお見通しだ。もし道を間違えたとしても絶対に怒らない。再計算して新たなルートを指示してくれるだけだ。女神は慈悲深い。

6時間以上の運転は予想以上に疲れた。テナントの「アフタヌーンティー」で紅茶とケーキを頂く。しばし休憩。

十分に休憩を取り、車の返却時間も迫ってきたので、帰宅することにした。テキトーに近所の住所を登録し発進。この「テキトー」が女神への裏切り行為となってしまう。目的地のレンタカー屋と登録した住所の位置が少しずれていた。よく知る道に入れば、もうナビ様は必要ない。「この先、右方向です」ここは直進。ナビ様は親切にもすぐ再計算し「この先、右方向です」ここも直進だ。運転手は再三の指示を無視しているが、ナビ様はけっして怒らない。そろそろ怒り出すかもしれない。こちらも何か悪いことをしているような妙な気持ちになってくる。まあ、とにかく無事に到着した。

レンタカーに備え付けの「ナビ様」はけっして怒らなかったが、「間違うと機嫌がだんだん悪くなるナビ」「舌打ちするナビ」「いきなりキレるナビ」「怖いお兄さんが出てくるナビ」なんて、どうだろう。「右…かなあ」てな感じの「指示が曖昧なナビ」、「左方向の方が面白いよ」なんて「お楽しみナビ」、「右折した貴方のラッキーアイテムは芋焼酎です」みたいな「占いナビ」あたりが余裕のあるときに面白いかも。懇切丁寧に「交差点は徐行ですよ」なんて教えてくれる「初心者用ナビ」、「方向指示器はどうした!」とか熱血指導してくれる「鬼教官ナビ」あたりが、今の私には必要かもしれない。

指南車
ナビの語源
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by enikaita | 2005-09-26 23:45 | コラム
牛久大仏。
運転を忘れないよう、レンタカーで初ドライブにくり出すことにした。近所の日産レンタカー(初心者でもOK)で一番安い「オッティ」を12時間借りて目指したのは、前から一度、足を運びたいと考えていた「牛久大仏」である。とにかく下品にでかい、らしい。

水戸街道をだらだらとつくば方面に進む。最初は地図帳を見ていたが、ナビを信じることにする。怪しげな現代の聖地を指し示す「ナビ様」は、現代の「指南車」である。「指南車」は向きを変えても常に南を指し示す人形がついた車で、古代中国で戦時などに活躍したという。「ナビ様」の御託宣に従い進むと、森の下りカーブで視界がひらけ、目の前に突然、超現実の世界が現れた。住宅と森林を見下ろしながら秋の空を背に聳える巨大仏の姿である。とにかく下品に、でかい。

「牛久大仏」は東本願寺が経営する霊園の中に立つ120メートルのランドマークである。一宗教団体の経営のためか、牛久の観光協会も表立ってPRできないらしい。受付で800円の入場料を払い、庭園を大仏に向かって直進する。大仏の背面に入り口がついている。まず靴を脱ぎ、暗い部屋に案内された。「これから真っ暗になり、一分間ほど、阿弥陀さまの説明をいたします。」案内人の女性がいうと同時に扉が閉じられ、照明が溶暗する。顔は見えなくなるが、近未来的な緑色の照明が床に仕掛けられていて、部屋の輪郭だけがかすかに浮かび上がる。そこにナレーション「……この暗黒は『無明』を表しています。」。この後も「これは〜を表しています」が頻発する。現代の仏教は何かを表現せずにいられないらしい。やがて照明が元に戻り、さらに近未来な照明とオブジェ(これもなにかを「表現」しているらしいが、忘れた)の空間を通り、大仏建立時のプロジェクトX風の写真解説(輪切りの巨大仏はさらにシュールだ!)をみて、いよいよ展望台のエレベーターへ。
地上85メートルの展望室からの見晴しは、よくない。窓がとても小さいのだ。
そこから再度エレベーターへ。降りるとずらりと仏像が並べられた「永代経」のコーナーだ。30万円で仏像を納めれば永代供養してくれるらしい。そこから階段で一つ下にさがると、今度は写経のコーナーだ。ゆるい弧をえがいた壁面に沿って間接照明とライトテーブル、座ぶとんが並べられている。ここもまるでキューブリックの世界。小洒落たバーのようだが、写経する者は誰もいなかった。エアコンの低音ノイズが、静かさを誇張する。

ふと、この写経フロアを仕事場にをしてもいいなと思ってしまう。その気になればノートパソコンを持参し、どこででも仕事ができるのだ。ときどき気分転換に写経するのもいいかもしれない。もちろんパソコンで。

すっかり牛久大仏のサイバーな毒気に当てられてしまったようだ。外に出ると太陽が眩しい。大仏の後ろ側には、小動物とふれあえるコーナーがもうけてあり、毒抜きができるようになっている。
ここでは時間によって猿回しステージが開催されている。スピーカーからの声によると、猿のサスケは女性調教師を困らせているようだ。わずかな観客の前で、毎日このショーをやり続けているのだろう。女性にも、猿にもつらい仕事だ。「ハイ、ガンバって!」スピーカーから流れる女性の精一杯の声ききつつ、私はその場を足早に去るのだった。
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by enikaita | 2005-09-21 05:22 | 旅行
『飢餓海峡』
60年代の日本映画『飢餓海峡』(原作=水上勉、監督=内田吐夢)を、とある上映会で観た。

ここ何日か、ポツドール『S高原から』(演劇)、岩井俊二『リリイ・シュシュのすべて』(映画)ですっかり他人が信用できなくなり、夜行館『飢餓童子2』(演劇)ですっかりおいてけぼりを喰った私としては、「飢餓」つながりのこの作品でも、おいてけぼりを喰うのかと勝手に思っていたら、これがすごく面白かった。

北海道の強盗殺人容疑者(三国連太郎)が、青函連絡船の転覆に乗じて行方を眩まし、それを追いかける刑事(伴淳三郎)、容疑者の与えた金のおかげで人生が開け、彼を想う娼婦(左幸子)。「白い巨塔」のような濃厚な心理ドラマと、ところどころに現れる50〜60年代の日本の風景がすごい。刑事が「お茶でも飲むか」と「お茶会」を開いたり、オート三輪で死体を遺棄しにいったり。汽車内でタバコはスパスパ吸うし。

”津軽の土着演劇”『飢餓童子2』とは、もちろん無関係のはずだが、偶然なのかこの『飢餓海峡』とは津軽海峡のことだ。「飢餓」と「津軽」の関係は不明だが、恐山に代表されるように津軽とは、あの世とこの世の境目、彼岸の地であるらしい。容疑者の男は津軽海峡を渡ることで、別の名で生きる権利を得、ラストには青函連絡船から飛び込み津軽海峡の泡と消えるのである。

なんせ40年も前の映画だし、時代も激変、風景も変わり、人間も変わっただろう。津軽が今も「彼岸」かどうかは、わからない。
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by enikaita | 2005-09-14 05:25 | 映画
夜行館。
20年ぶりくらいの東京公演らしい、「夜行館」というグループを、9月10日、選挙カーけたたましい夜の雑司ヶ谷鬼子母神で観た。
彼らは津軽の「土着」演劇を標榜していて、津軽三味線やら「ねぷた」やら、津軽オリジンの装置を舞台にちりばめている。

「夜行館」主宰の笹原茂朱氏は、状況劇場(!)の最初の主宰者。知る人ぞ知るアングラ演劇史上の人物である。
その後「夜行館」を東京で立ち上げ、劇団員の大量逃亡をきっかけに、残ったメンバーで大八車を曳きながら四国八十八カ所巡りをしつつ小屋掛け芝居をし、辿り着いたのが「津軽」だった……ということだそうだ。いちいちアングラ臭がただよう。

タイトルは「飢餓童子2」……これまたキッツイなあ。
飢饉が起こった津軽の苛烈な環境の中、悲惨な餓死をした子供たちに戒名が与えられる。そのうちの一人も「蛾童子」となって転生する、というちょっと仏教的な内容。……でいいんだろうか。ラストにはずっと奥に控えていた弘前ねぷたに灯がはいって、太鼓がどんちゃん、鬱屈し続けたこの芝居は、最後に強制カタルシスを迎えた。

地吹雪、津軽三味線、弘前ねぷた、青森で人気らしい津軽花子さん、曹洞宗の坊さんのカラオケ大会もあり、青森出身・東京在住の観客は盛り上がっていたようだが、私はすっかりおいてけぼりを喰う。津軽の津軽による、津軽のための芝居。この「土着」演劇から「津軽」をとったら、それこそ厳冬期の津軽のように何も残らない真っ白の世界、なのではないか。と、うすら寒くなってしまう。確かに三味線の音色や「ねぷた」は魅力的ですがアングラ式「観光親善大使」感を否めないのでした。
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by enikaita | 2005-09-12 05:27 | 舞台芸術


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