「日報」を名乗りながら、更新はときどき。
by enikaita
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カテゴリ:コラム( 25 )
こんな本もあったのか〜JRC新刊図書カタログ
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年に1回、こんな本も作ってます。出版流通に乗りにくい小規模出版社の本を取り扱うJRC(人文・社会科学書流通センター)という出版取次さんが出している図書カタログです。

約100社・およそ1500冊分の書誌情報がどどーんとメールで送られてきて、こつこつと組版作業をしていくわけですが、一冊一冊に情熱がつまった本たちは、まさにタイトル通り「こんな本もあったのか」! という感じで、なかなか驚きの連続です。

書店や図書館向けのカタログなので、一般には入手不可能。紀伊國屋の本店とかで頼みこんだら手に入るのかしら? わかりません。
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by enikaita | 2011-12-09 00:53 | コラム
松園のにくたまうどん
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さる4月、ひさびさに地元の富士吉田に帰った。家に着くと母がさっそく「松園に行くべー」とさそい出す。「松園」(「しょうえん」と読みます)は、実家の近所にあるうどん屋さん。

吉田のうどんといえば、キャベツたっぷりのせの「白須うどん」や「桜井うどん」、ちょっと上品な「はなや」、あるいは肉天きん(馬肉甘辛煮と天ぷらとキンピラが載ってるうどん)の「みうら」などが有名だが、わたしにとってのソウルフードとしての吉田うどんは「松園」のそれである。こどものころから、うどんといえば「松園」であった。

いつも頼むのは牛肉玉子うどん(通称:にくたま)。吉田うどんとしては異例とも言える甘めの汁に、牛肉の煮たやつと、うでた玉子を載せている(写真)。下吉田の繁華街である(といってもシャッター街だが)西裏通りにひっそりとある。役所が重い腰をようやく上げ、吉田うどんで町おこしを思いついてつくった「うどんマップ」にも、最初のころは載ってなかった。「松園」がうどんを自製してなかったからであろうか。小学生の時にはうどんが出てくるまで、週刊少年ジャンプを読むのがわたしの習慣だった。この日にもちゃんと少年ジャンプがあった。
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入り口のちょうちんも何年も変わってない。そしてこのちょうちんにあるように、松園はラーメンもやっているのである。他の吉田うどんの店ではあまり見かけない。牛肉ラーメンのスープはほんのりと、うどんの汁と同じ甘い味わいがする。
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by enikaita | 2010-05-19 23:59 | コラム
かささぎ。
かささぎの 渡せる橋に
おく霜の 白きをみれば
夜ぞふけにける
中納言家持
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Rolleiflex 3.5F KODAK PORTRA 400VC

カササギという鳥は、百人一首のこの歌があるゆえに、とってもよく知られています。「かささぎの渡せる橋」というのは、中国の七夕伝説にちなみます。7月7日に天の川に橋を架けるのが鵲。転じてここでは、宮中の階(きざはし)を意味するそうです。階に降りた霜が白いのを見ながら、夜が更けていく、という歌です。でも、かささぎがどんな鳥か、わかってる人ってたぶん少ないでしょう。この歌を詠んだ家持も、たぶん知らなかったに違いない。

なぜならかささぎは、ほとんど日本にいない鳥なんです。佐賀県あたりだけにちょっとだけ棲む天然記念物。ようするに今で言えば、フランスに行ったことのないソムリエが赤ワインの色を評して、「ブルゴーニュの夕陽のようだ」とか言っちゃう感じでしょうか。家持は知ったかぶりなんですね(ちなみに、実はこの歌は、家持の作ではないというのが有力ですが)。でもソウルあたりではカラスよりメジャーで、そこら中にウジャウジャ。1月下旬はまだまだ寒いですが、巣づくりが始まる季節だそうです。街の様相は(言葉以外)ほとんど日本と一緒なのに、大陸の鳥が飛んでいました。
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by enikaita | 2010-02-05 23:59 | コラム
電子機器の進化30年
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新年なのでケータイ替えました。
それにしても最近の電話はスゴイですね。電話は当然、カメラは常識として、テレビは見れるし、ネットはできるし、本は読めるし、録音も録画も可能。ボイスレコーダーはついてるし、ミュージックプレイヤーはついてるし、クレジット機能もついてて、改札でピッとかざせば電車にも乗れる。
これまで使ってた電話は、4年近く前の機種。壊れたというわけではないんだけど、立て続けに紛失し、そんでもってまた出てきたりを繰り返すうちに、ちょっとありえないくらいボロボロになっちゃった。この際なので機能盛りだくさんな最新機種へチェンジどす。

手に入れたのは「biblio」という携帯電話。
「ケータイで本が読める」ということが最大のウリらしく、宮部みゆきの『火車』とか、映画にまでなった『余命1ヶ月の花嫁』とかがプリ・インストールされている。他の本もネットから(有料で)ダウンロードできるらしい。でも、この機能はハッキリ言って不必要。本は本で読んだ方がやっぱりいろいろと都合がいいのだ。
この電話機の本来のウリは、「Wi-fi」。自宅を含めたフリースポットの無線LAN環境内ならば、WEB閲覧やメール送信などで課金されない(説明、あってるのかなあ)。まあ今のところ、家以外の場所で使う機会もないし、家にはパソコンがあるのだから、実はあまり必要な機能でもないわけだが。

で、わたしがこの機種に決めた理由は、 キーボードがほしかったから。メールを10キーで打つのってめんどくさくないですか。わたしはアレが大キライでして、あっという間に一日が通り過ぎていく。やっぱQWERTYキーボードは打ちやすかった。それから電子辞書。最近の携帯電話にはだいたい入っているそうだが、このbiblioには、国語辞典だけでなく漢字辞典やブリタニカ百科事典までついている。たぶん実際に使う機会がありそうな予感。

でも、盛りだくさん過ぎだからなのか、いまひとつ操作にとまどいが。かかってきた電話に出ようとするだけでけっこうあせったりすることも。タッチパネルもiphoneみたいに直感的とはいかない。言わば左脳的タッチパネル。

で話はかわって、30年前の「携帯ゲーム」を西荻の某リサイクル店で緊急入手! びっくり価格の100円也!
『HELMET』というゲーム&ウォッチ。
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空から降ってくる工具をよけながら、左の家から右の事務所へと作業員を移動させるだけ。ボタンは主にふたつ。単純明快、そして意味不明。さらに時計機能つき!! しかもけっこう中毒性あり。
今思えば、電卓を除けばこれが携帯電子機器のアケボノでした。
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by enikaita | 2010-01-06 22:19 | コラム
賀正:新年トラ屏風
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あけましておめでとうございます!

例年、年賀状がわりに、昨年お世話になった方々にお送りしている「お年賀」、今年は寅年ということで、「トラの屏風」。当初は、「ちびくろさんぼ」のお話を参照して、バターでもつくろうかと妄想したこともありましたが、さすがに大変そうなのでそれは断念。80円で送ることのできるスモール屏風となりました。裏表にそれぞれ、六ヶ月分のカレンダーがついてます。卓上や電話のそばなんかに置いていただければ幸いです。

ついでに申し上げておきますとこのカレンダー、昨今珍しい「月曜始まり」なのです。日曜を楽しみにしている「遊び人」仕様になってます。

それではみなさま、今年もよろしくお願いします!!
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by enikaita | 2010-01-05 20:29 | コラム
主人と奴隷
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「主人と奴隷」というのは、理系の用語である。
パソコン様が立ち上がるときにまずハードディスクにアクセスするんだけど、複数のハードディスクをつけてる場合は、そのアクセス順をあらかじめ決めとかないとパソコン様が混乱してしまうらしい。最初にアクセスしなきゃいけないOSなどが入ったハードディスクを「マスター」、あとの単なるデータ倉庫を「スレーブ」として、ハードディスクについてるスイッチでパチッと指定しておく。
これって、「メイン」と「サブ」あるいは「ファースト」と「セカンド」でもいいじゃないのと、私も思う。なんでよりによって「主人と奴隷」なのかしら。

一見並列なんだけど両者の関係に実は階層があるもの全般について、理系用語として「マスター」と「スレーブ」はフツーに使用されているものらしい。最初にこんなふうに名付けた人のささくれたセンスに恐れ入る。

で、ここ一週間ばかり、DVDビデオの製作をしている。ビデオカメラで撮った映像をパソコンで編集して、それをDVDに。キーボードやマウスによる入力命令に従って、カリカリと作業をしてくれてるわけだから、当然この場合、私が「主人」でパソコンが「奴隷」になるはずなんだけど、どうもそこらへんがしっくりこない。やはりここは「パソコン様」と敬称でお呼びしよう。

うちのパソコン様は安DVDメディアを受け付けない。さんざん待たされたあげく、ペッとはき出されてしまう。台湾製だからお気に召さないのか、パソコン様よ? 実際に日本製ディスクを買い直してきたら、何の問題もなし。お米と同じで日本製は美味しいらしい。
こんな感じでひたすらパソコン様のご機嫌取り。ボディが熱くなって挙動がおかしくなってきたから扇風機をあててみる。やはり機嫌が直る。使うはずの道具にいつの間にか使われている。

そんなパソコン様は時に親切だ。たとえば「ら抜き言葉ですよ」などと、いちいち教えてくれる。私は山梨県出身で、じいさんばあさんに至るまで「ら抜き」、ときに「え入り※」で、「ら抜き言葉」に全く抵抗感がないのだ。(※着られない→着れない→着れえ(得?)ない、という言い方ね)だから「ら抜き」を指摘されると、アイデンティティを否定されているようでたいへん腹が立つ。パソコン様はサディストであると推察され、そこで私が忠告に従えば、いよいよ「主人と奴隷」の関係は完全に逆転するが、これはやはり腑に落ちない。
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by enikaita | 2008-09-29 13:19 | コラム
ハイケイ
みなさーん、ハイケイはどうしてますか? 私の場合は、ハイケイの後は行替えしますね。Wordの場合には「ハイケイ」と打ち込んだら自動的に「ケイグ」と出るもんだから、便利なんだか、余計なお世話なんだか、よくわからない。時にはバカにされてるような気もします。まあ最近は、ハイケイなんて言葉もあまり使いません。

さて、世の中には「ハイケイ」なんて、そんな役に立たないモノは使わないよ、というならまだしも、捨てちゃうよ、という人がいるんです。ちょっと待ってください! たしかにハイケイは、全然役に立たないモノかもしれないですけど、捨てちゃうなんて! せっかく人間のために生まれたものなんだから、せめてなんとかしてあげたいというのが、人情というものでしょう……えっ? 何のハイケイの話をしているのかって? もちろん「廃鶏」のことですよ!

たとえばタマゴを生まなくなった老鶏は、食べても美味しくないので廃鶏になっちゃうんですけど、当然にしてタマゴを生まないオスどもは、それよりずっと前のヒヨコちゃんのうちにより分けられて廃鶏になるんです。廃鶏とは、要するに産業廃棄物ですね。

……というのは、タマゴ関連を生業とするお知り合いのU氏から聞いたこと。畜産関連の仕事というのは、なかなかその実態を知ることができないですから、ここぞとばかりに彼から貴重な話をたくさんうかがいました。そんなU氏が、おもむろにビジネスバッグからとりだしたのが、思わずぎょっとするようなこのチラシ。

f0072231_22373088.jpg「廃鶏堆肥化処理装置」。英語名はWaste Chicken crusher、キャッチコピーは「焼かない 捨てない 埋めない」。「短き命もこれで少しは救われるかなあ」ってのが、畜産に携わっていない、私を含めた一般人の思考だと思うんだけど、このチラシで強調されている点はあくまで「リサイクル」ってのもスゴイ。

つまり鶏はモノなんですねえ。ヒヨコやニワトリは生物だけど、トリ肉は商品だ、なんてことは言ってられない。毎日のように食べるトリ肉は、誰かの手によって、生物から肉へと今日も変貌を遂げているわけです。ひたすら人間が食べるためのタマゴを産み、そして死んでいくメンドリもいます。これは人間が生きるための、永遠のたたかいです。

そんなU氏の会社には、ときどき匿名希望のコワーイ人から電話がかかってくるそうです。つまり、堆肥にしたいものがあるから、まあ難いこと言わずやってくれよ、ということだそうで、いったいなにを堆肥にしたいんでしょうか。……オソロシイです。
もちろんU氏の会社が、その仕事を引き受けたことはないそうですけど。
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by enikaita | 2008-09-01 22:39 | コラム
〓(ゲタ)
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最近、「履きやすい靴」とか「疲れない靴」とかにすごく関心があって、「アナタの頭がボーッとしている理由は、左右の足の長さがビミョーに違うせいだ」とか、「ものぐさなのは靴のバランスが悪いからですね」などとカウンセリングを受け、すべてを足に責任転嫁してみたいものだが、そういうオーダー靴って、たいがいベラボウに値段が高い。

だからこのさい、「履きにくい靴」とか「疲れる靴」で、足を鍛えるという方向も模索してみる。そこで有名古武術家の甲野さん推薦の一本歯ゲタを吉祥寺の某履物店で発見。う〜、一度履いてみたいっ!
6500円也。甲野さんのように毎日履くぞ、という心意気がなければなかなか買えないけど、気持ちさえ固まれば簡単に買えてしまうという、絶妙な値段設定。現在、いったい何人の人がこれを活用し、あるいは死蔵しているのだろうか。結局私は死蔵しそうな気がしたので、買ってません。
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by enikaita | 2008-08-07 22:03 | コラム
メーデーはめでたい日
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庭先の空に吹き流しと巨大な鯉が泳いでるような家なんて、都会にはほとんど消えましたが、近所の公園ではこの連休シーズンになると毎年、鯉幟が空を舞う(写真)。つまり5月5日が端午の節句で、それが「こどもの日」という国民の祝日だからなんだけど、なんで端午だけが祝日で、桃の節句は祝日じゃないのか。という疑問は傍らに、とりあえずミソあん入りの柏餅でも買いに走るか。

で、先日の朝日新聞に「祝日を自由にできるとしたらどうしますか?」というようなアンケートがあって、いわゆる「識者」がそれに答えてるんだけど、ぜったいに週休二日とかで働いてなさそうな、祝日とか休日とかのありがたみとは無関係そうな人たちが答えてて、だからその答えもいまひとつぱっとしない。
たとえば斎藤環氏は「〈システムメンテナンスの日〉をつくって、すべてのシステムを停止させメンテナンスを行う」などと、いかにももっともらしく識者っぽいことを言ってるんだけど、メンテナンスが一日に集中したら、システム・エンジニアのみなさんが倒れちゃいますよ! どうやら裏方の人のことなんてあんまり頭にないらしい。

で、このアンケートですごく不思議に思ったのは、だれも「メーデー」を休日にすべきだと主張した人がいなかったこと。次に祝日を増やすとしたらまず検討すべきは「メーデー」でしょ! 浮世離れした「識者」のみなさんはこれだからヤレヤレ。

いつも使っている手帳には、その日にどこの国が祝日か、ということが一目で分かるようになっていて、かつてこれまでなんの役に立ったことがなかったんだけど、これによると5月1日は、労働者の国である(はずの)中国は当然として、オーストリア、ベルギー、フィンランド、フランス、ドイツ、イギリス、ギリシャ、アイルランド、イタリア、ノルウェー、ポルトガル、南アフリカ、スペイン、スウェーデンでは休みだそうだ。
一方アメリカ、カナダ、オランダ、デンマーク、スイスなどでは休みじゃない。情報がヨーロッパに偏ってるな、この手帳。

まあそれはともかく、メーデーが祝日になったら、日本の法律ではついでに4月30日と5月2日も休日になるわけで、毎年最低7連休。過去にもどうやらメーデーを祝日にする動きがあったらしいんだけど、子供の頃には何で祝日なのかさっぱりわからなかった「勤労感謝の日」が、なんとなく似てるからということで祝日にならなかったらしい。でもまあ、よくよく考えれば「勤労感謝の日」こと「新嘗祭」は、労働者の日ではなく生産祝いの日であるわけで、実はあんまり関係がない。これぞネーミングのマジックで、こういうのをあみ出した官僚の後継がやっぱり「後期高齢者」とか「障害者自立支援法」とか、すごい言葉を生んじゃってる。

だからこの際わかりやすいように、11月23日を「新嘗祭」としちゃって、そこで宙ぶらりんになった「勤労感謝の日」の名前を、5月1日にあてて祝日にする、ということではいかがでしょう。右翼も当然嬉しいし、左翼にしても問題が顕在化して張り合いが出るってもんでしょう。
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by enikaita | 2008-05-01 22:38 | コラム
PASMOとSuicaとBodyとMoney
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どうにもケチくさい話なのだが、PASMOとSuicaの両方のカードに共通する「デポジット(預り金)500円」というのが納得できない。カードを返却すれば戻ってくるということだから、劇場でオペラグラスや同時通訳マシンを借りるときのアレかいな、とも思いつつ、年に2回は乗車中に切符を紛失してしまうような私の場合、カードを失くす毎に500円也を自身のマヌケに対する罰としてJRや私鉄各社に払わなければならないのなら、余計なお世話というものだ。これを表向きの理由にして、まだどちらのカードも利用せずにいる。

ある日のことである。パスネット・カードを財布から出し、自動改札にそれを入れようとしたところ、直前でつまづいてしまい、その拍子にカードではなく財布の方がスルスルと自動改札機に入ってしまった。あわてふためくが、自動改札機上部のLEDには
「領収
212,832円
ご利用
ありがとう
ございました」
と表示されている。
ちょっと入り用で、銀行で普段持たないような額のお金をおろしてきたばかりなのだった。急ぎ窓口の駅員に詰め寄る。しばらく奥の方から出てこなかった駅員は、私の焦った様子をせせら笑うように「ときどきいるんですよ、お客さんのような方が」とノタマッた上、「確認できましたら、2ヵ月後にお客様の口座に返金いたします」と悠長なことを言う。せめて財布のガワだけは、と食い下がるが「センターに聞かないと判りません」の一点張。さて今日はどうしようかと手元に残ったパスネット・カードを握りしめ途方に暮れたところで目が覚めた。

なんともスケールの小さい悪夢ではずかしいかぎりだが、そんなパスネット・カードもついに販売中止。「パスモに移行して下さいね」とのことである。モナリザもびっくりの[世界堂カード]並みに、500円の会費で20%割引を期待するわけではないが、せめてすこしくらいは乗車賃が安くならないものなのかしら。


近年、「死」というものが様々な場所で隔離されていて、目に入りづらくなっているんだけど、それに続いて「現金」も、なにやらケガレたものとして、隔離されつつあるような気がする。いろんな人の手から手へと渡りながら、俗世の垢をすりつけられ薄汚れた札束より、絶対に触れることができないだけ電子マネーのほうが清潔だし扱いやすい。PASMOやSuicaのような電子マネーの浸透は、単に電車に乗る際の利便性ということだけではなく、この清潔感が関係しているんではなかろうか。

しかしいくら様々なケガレから離れたくても、やはり毎日火葬場では屍体が焼かれ、金は天下を回っているのである。bodyもmoneyもまだ存在している。moneyはある意味、私たちの血肉である。炉から出された骨を骨壺に収めることで誰かの「死」を納得するように、血肉の化身であるmoneyの現物を扱うことでこそ、納得できることがいろいろあるように思う。だからmoneyの電子化は、bodyの危機とどこかでつながっている。ふと、いつもトランクに現金を持って歩いていた城南電機の故・宮路年雄社長を思う。
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by enikaita | 2008-04-14 18:19 | コラム


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