「日報」を名乗りながら、更新はときどき。
by enikaita
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総理の達人
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「あなたとは違うんです!」のほうがキャッチーで話題になってるんだけど、その前に言った「客観的に見ることができるんです!」のほうが、むしろすごく気になる……辞めたてホヤホヤの福田首相の話です。

さすが約一年間にわたり首相をするという、猛烈な重責を負ってきただけのことはありますね。これって、能で言うところの「離見の見」じゃないですか! 一年も修業すれば、いっぱしの総理の達人になるということでしょうか。

「離見の見」というのは、能の創始者である世阿弥大先生の言葉であります。舞台上に立つ自分の姿を、まるで観客が見るように俯瞰的に冷静に捉えることが、能役者にとって重要である、というおしえです。だから能の達人ともなると、幽体離脱みたいな感じで舞台上空から自分の姿を眺めることができる、なんていう話も聞いたことがあります。

で、「達人」ということで思い出すのが、北京オリンピックに出場した谷亮子選手。彼女、試合前からなんかちょっとヘンな顔してなかったですか? ……あ、そういう意味ではなくて、「心ここにあらず」みたいな、これまでのメダルに賭けるギラギラした執念みたいなものではなく、柔の道を究めた達人の顔。

相手選手としては自分から技を仕掛けたら、畳の上にいる自分を客観的に見ることができる圧倒的な谷亮子に、逆転されて負けちゃうわけです。でも、とにかく技を仕掛けないと「指導」されるという、達人泣かせのルールがあるわけで、けっきょく勝負は別物。
この時負けてなお、妙にサバサバとした谷選手を見て私は、「離見の見」という言葉を思い出し、またそれと同時に「解離」という言葉を思い出しました。「解離」というのは、猛烈な精神的・肉体的苦痛などのキツイ状況に陥ったときに、感覚や意識を自我から切り離すという、体の究極の防衛機能です。トップ・アスリートは、極限の練習によって自分の限界を乗り越えていくわけですから、その過程で「解離」に近い状態になっている、ということも考えられ、それが別の見方をすれば「離見の見」にもなるんではないでしょうか。

で、話を福田(前)首相に戻すわけですが、この人、自分のことを客観的に見てるとはとうてい思えない。そもそもだったら、あの会見のあの質問で激昂しないでしょ。「あなたとは違うんです!」というのは自我の言葉ですから、自分のことを客観的に見ることができる達人には、そぐわない言葉であります。単にこれまで「冷静で客観的なオレ」を演出していた福田(前)首相の化けの皮が剥がれただけ。首相業はハードワークなので疲れたんですね、きっと。もう少し頑張れば達人になれたかもしれないのに。

見られる自分を意識する、ということで言えば、パフォーマンスに長けた小泉元首相のほうが、よっぽど客観的に自分のことを見ています。彼は役者ですからねえ。そういう意味で福田は小泉と比べてまさに〈役者〉が違う。冷静で理屈っぽい役者ほど面白くないものもいないわけです。だから役者というのは、ある程度無責任な人じゃないと面白みがないわけですが、とはいえ首相は無責任じゃさすがにマズイですよ。

※首相の画像が手持ちでなかったので、とりあえずタヌキの画像にしておきました。
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by enikaita | 2008-09-04 12:13 | 時事ネタ
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