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富士山が世界遺産に登録されたということで、私の故郷周辺では、たいへん盛り上がっているようです。子供の頃からのなじみだった神社も構成資産として入っていたりして、感慨深いです。 その喜びがいかなるものなのかというのは、すでに故郷を離れて20年が経とうとしている今、あまりイメージが沸きませんが、無数の地元の方たちの尽力や地道なPR作戦が功を奏したのだと思います。おめでとうございます。 でも個人的には、ちょっと富士山を過小評価していやしまいか、と思うわけです。本当に世界「文化」遺産でいいのかなあ。私が抱いている富士山のスケール感より、ちょっと枠組みが小さい気がするんですね。きっと地元にも同じ思いの方がいらっしゃるんではないかしら。 「構成資産」を概観すると、「それって文化遺産ではないのでは?」と思われるものがあります。富士五湖や忍野八海、胎内樹型の洞穴は、山梨県のホームページでは〈文化遺産〉として見事に説明されていますが、やはり強引な印象はぬぐえません。これらはどう考えても〈自然遺産〉とすべきものでありましょう。 そこで調べてみると、世界遺産には〈複合遺産〉というのがあるんですね。中国の泰山と黄山、トルコのカッパドキアにギリシャのアトス山、オーストラリアのウルル(エアーズロック)などがこの〈複合遺産〉になっています。富士山というのは、文化遺産と自然遺産、どちらの領域も横断しているわけですから、まさにこちらのほうがしっくりくる印象です。そして今回の構成資産を見ても、複合遺産的な内容になっています。ところがユネスコ的には自然遺産としての要件が満たされないというんですね。まあそりゃそうでしょう。頂上まで山小屋が林立し、青木ヶ原樹海には粗大ごみ、北と東の裾野には自衛隊の演習場と、その自然を人間にしゃぶりつくされているのが、現在の富士山です。 しかしながら世界的に見て、あんなに人が登りたがる山が他にあるのでしょうか。せいぜい高尾山くらいしか登ったことがないような老若男女が、登頂のためなら山小屋の雑魚寝もいとわず、具のないカレーも我慢し(去年食べた時はハンバーグが載っていましたが)、登山道の渋滞にもへこたれず山頂をめざすのです。しかも毎年30万人近くも。これはすごいことですよ。世界遺産というものがある種の聖性を担保するためのものであるとするならば、富士山とはその真反対の俗物性を含めて、評価されるべきものなのではないかと思うわけです。富士山は自然遺産だの文化遺産だのという小さな枠組みにはおさまらない領域にあるのです。 また富士山の面白さとして〈その存在自体を超越したシンボル性〉があります。 例えば富士山をモチーフにしたロゴマークをよく見かけます。だれもがひと目で富士山だと思う、三角形の上のトンガリ部分が削られたあの形。あの台形は、実際の富士山からは完全に一人歩きをした「フジ」という図形、としかいいようがないものになっています。葛飾北斎が描いた富士のデフォルメ感も含め、デザイン化された「富士」が、実体の富士とはもはや別のものとして、長年描かれ続けてきたというすごさ。 〈富士〉を名乗る企業もたくさんあります。四国には「フジ」という大手のスーパーマーケットがあり、初めて見た時はたいへん驚きましたが、もちろん四国からは富士山は見えませんよ。いったいなぜ「フジ」なのか、いまだに謎です。それから「フジフイルム」に、もうなくなっちゃったけど「富士銀行」、あと「武富士」なんて会社もありましたね。わが町にも「富士ガーデン」というスーパーがあります。 銭湯の「富士山のペンキ絵」というのもありますね。全国にいったい何件の銭湯で富士山が拝めるのでしょうか。富士山のペンキ絵がある全ての銭湯は、ただちに世界遺産に追加登録されるべきと思っています。西荻の天狗湯もこれで世界遺産の仲間入り! 千代の富士、富士櫻、北の富士、旭富士、日馬富士あたりもただちに世界遺産入りを検討すべきでしょうね。 そういう冗談はともかくとして、各地に築かれた富士塚に見られるように、富士山をめぐる信仰もかつてたくさんあったといいます。それらは信仰であると同時に観光でもあったはずで、古えから聖と俗とが混在するのが本来の聖地の姿。現在も富士の裾野には、たくさんの新興宗教の本部がありますが、これらを聖と見るか俗と見るかは、それぞれの方にご判断を委ねるとして、さまざまな人の欲望や愛や信仰心がうずまきながら、なにくわぬ顔でたたずんでいるのが富士山のすごいところです。 故郷に帰る毎に、かつて住んでいた町がこんなにも小さかったのかと愕然とします。しかも行く度毎にますます小さくなっていく。その中で真正面にそびえる富士山だけが、圧倒的な質量をもって私に迫ります。富士山だけは、見る度に大きくなり、私を圧倒するのです。
by enikaita
| 2013-06-24 02:49
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