「日報」を名乗りながら、更新はときどき。
by enikaita
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『デッド・キャット・バウンス』
演劇というものはたいてい、役者さんが出てきて、動いたり、なんかしゃべったりする。その内容は、物語中の架空の人物のことかもしれないし、歴史上の実在の人物のことかもしれないし、あるいはその役者自身のことかもしれないが、ともかくなんらかの「人生」が(無言のうちにさえ)語られるものだ、と勝手に理解しているのだが、そう考えると『デッド・キャット・バウンス』は奇妙な舞台であった。

観客の入場料を原資に、インターネットに接続された舞台上のPCから、実際のロンドン株式市場の株を買う。株価の変動はモニターに映しだされ、俳優たちは時に応じて観客も巻き込みつつ株売買の決断をしていく、という仕掛けの舞台。株価の動きは逐一アナウンスされ、それに観客も一喜一憂する。

『デッド・キャット・バウンス』では、役者がちっともがんばっていない。もっとも「役者」ではなく「出演者」といったほうがいいのかもしれない。もちろん圧倒的な身体能力やものすごいかくし芸とかもなさそう。舞台上の出演者に必要なのは、「buy」のボタンをクリックしつつVTRのボタンを押す「指」と、根拠のない「決断力」。
刻々と変化する株価にあわせて、その場を決断していく作業のどこにも、「人生」を語るスキマなんてない。株価の変動のゆらめきに身を委ねる行為は麻薬のようであるが、観劇の快楽とはおそらく別物だ。

モニターに映しだされたVTRで、ある経済学者が「自らのシステムを継続するために、資本はなんでもやる」と発言しドキッとしたが、舞台上では我関せずとあいかわらずのマネーゲーム。
最後には……トチ狂った人がでてきてインターネット回線をハサミでチョン!……とかだったらおもしろかったんだけど、そんなこともないまま、本日の「売上」を発表し舞台は終了。
せめてなんらかの「演劇的抵抗」みたいなのが見たかったよなあ、とも思う。
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by enikaita | 2009-11-26 00:56 | 舞台芸術
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