「日報」を名乗りながら、更新はときどき。
by enikaita
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動く仏像〜SPAC『酒神ディオニュソス』
原作=エウリピデス、演出=鈴木忠志/船橋市民文化ホール

ギリシャ悲劇『バッコスの信女』を元にした、鈴木忠志16年ぶりの首都圏公演。さまざまな本で語られ、映像も見たことはあったが、実際の舞台は初体験。演出家本人出演のポスト・トーク付き。

そのビジュアルの強さに興味が向かう。舞台はシンプルだが、誰がどう見ても金がかかっていそうな衣裳。そしてなにより、俳優たちの所作が噂どおりすごい。スズキメソッドで鍛え上げた彼らは、動く時はブレないし、静止のポーズもぴたりと決める。まばたきすらしないのである。その姿はまるで新薬師寺の十二神将のようだ。一朝一夕にはできない動きである。余談だが、かなり前の方で観た私は、まばたきをしないために充血した俳優たちの「目」が気になった。

それから「声」である。腹からの声が劇場に響く。テクストがクラシックの楽譜のごとく機能していて、ここはクレッシェンドとか、アレグロとか、トランクィッロでよろしく、とか、やたら細かい。これもやはり鍛えてなければできないんだろうけど、そのせいか、明快に耳に入ってくるにもかかわらず、テクストの意味内容が全く聴き取れないのである。わたしがアホなのだろうか?

日本人以外の俳優が出演する時にはそれぞれの母国語での「多言語上演」が常態化しているということや、やたらに身体論に重きを置くアフタートークの鈴木忠志氏の発言から考えても、作品における「物語」はさほど重要ではないのだろう。
当日プログラムにはこの作品における「宗教と政治」の対立に触れ、その「テーマ」らしきものとの関連から、湾岸戦争、オウム真理教事件、宗教テロなどが想起されるような作品である〈らしい〉のだが、そんなことは微塵も感じなかった。原作にいた「ディオニュソス」の役が6人の僧侶によって語られることから、「人々の精神を統制しようとする集団の意志がディオニュソスを生んだ」という解釈を得るような構造になっているらしいが、そんな解釈まで辿り着かない。スズキメソッドでは「語り芸」がはしょられていて、俳優は「仏像」のようにそれぞれで完結していて対話がない。だから観客には内容がわからない。いくら鍛えられた俳優だからといって、ビジュアルの強さだけでは演劇としては飽きてしまうのだ。

結局見せたいのはスズキメソッドで鍛えられた俳優の身体のようである。確かに俳優教育者としての鈴木忠志氏の実績は疑いようがない。でも、それ以外にはこの舞台には何もないのではないか。そういう意味ではこの舞台はスズキメソッドのショー・ケースであり、ほかのどんな作品でも代用可能なのだろう。「動く仏像」の感動以上のものは得られなかった。
そういえばポスト・トークの鈴木忠志氏の語りも「禅問答」のようであった。
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by enikaita | 2006-03-10 12:33 | 舞台芸術
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